Past (過去)
J は、週に一度はこの事務所に顔をだす。
仕事は、中学校の英語指導助手というものらしい。
今は全国の中学校に、助手がきているという。
K が中学生の時には、なかった制度だ。
<英語教師の補助? 英語教師は何をやっているのだろう。>
K はここに採用になる前に、公民館でおこなわれる大人の英会話教室に
申し込みをしてあった。
週に一度、夜の講座だ。
J は、この講座の先生もやるらしい。
SHINOMIYA 係長が、講座の教材の心配をしている。
いつものように、身振り手振りで J とやりとりしている。
J は、自分で用意するから必要ないと言っている。
しばらくは口出ししないで聞いていた K だが、全く伝わっていないので
”自分で用意するから必要ないって言ってます。”と、
SHINOMIYA係長に伝える。
<これで、よく仕事になっていたものだ。>
K は、自分が講座の申し込みをしてあることを、J に言う。
J は、” You are my student.”と、ちょっと偉そうに答える。
この事務所の人たちは、出張のたびにみんなお土産を買ってくる。
もらいものも含め K は、 J にも全部分けることに決めた。
机の上に置いてあるお菓子をみて、”これ、誰がくれたの?”と、聞く。
<きちんとしているな。>
J の机の上にだけは、いつもお菓子がのっているようになった。
給食センターのセンター長が、事務所に入ってくる。
週に何度も顔を出す。
K は、この人にも必ずコーヒーをだしてあげている。
”これ。”と言って、紙を数枚わたされる。
給食費と書いてある。
J が学校で食べている、昼食代らしい。
何カ月分もある。
<英語ができないから、自分でわたせなかったのだろうか?>
J なら、”これは何ですか?”と、聞くだろう。
説明できないので、今まで請求していなかった事になる。
<随分、いい加減だな。>
K を通訳として使うつもりらしい。
J 宛てにFAX がきた。
K は使い古しの封筒に入れて、J の机の上においておく。
K ができるプライバシーの尊重のしかただ。
電話も多い。
K がでて、担当者にまわす。
電話が鳴ったので受話器をとると、”Ja~ck?"と、若い男性の声で言う。
たどたどしい英語の感じだ。
K はとっさに、”Not here."と、答えていた。
<まずい、きちんと受け答えしなければ。>
事務所のDOI 指導主事が、”Jack ですか?”と言う。
”あの答えじゃ、まずいですよね。”と、言うと
”とっさに、でてくるだけいいですよ。”と、言う。
K は、予想される電話での受け答えを文章にしておくことにする。
J にチェックしてもらうことにする。
日本語がまったくできない J の強みは、英語だ。
ストレス解消にもなるだろう。
J が来た。
授業のない日は、教育委員会に来ることになっているらしい。
机の上の封筒をあけて、中のFAXを見ている。
不思議そうに、封筒の裏表を見ている。
今までは、そのまま置いてあったのだろう。
<注意深い性格だな。>
K は、頼まれていた昼食代の請求書を、”Invoice."と言って、わたす。
”何の請求書?”と聞いてくる。
<やっぱりね。>
”ランチ、学校でたべてるでしょ。”と言うと、”O.K."と答える。
<偉そうに。>
事務所に来ているときには、彼には特に仕事はない。
暇を持て余すだろう。
K は、作っておいた電話応対の紙をみせて、”Please,check."と言う。
K は、一つ笑える文章を入れておいた。
"He is sick in bed."
J が、声をたてて笑っている。
”Perfect?"と聞くと、”O.K."だそうだ。
K は、J に毎週質問の文章を用意しておくことに決めた。
ぷっと笑える文章を、一つは入れておくことにする。
来客や、電話応対、伝票書きと暇は全くないが、仕事でトラブルはない。
SHINOMIYA係長が、ニコニコしながら
”教育長、履歴書見て若いなあって行ってたよ。”と言う。
K は、年齢よりはるかに若く見えるらしい。
そろそろ今年度の予算残を気にしながら、予算作りをしているらしい。
TADA 課長が、”辞めちゃったからさー。”と残念そうに言っている。
前任者の事らしい。
<辞めるはずのない人が辞めた?何かひっかかる。>
ONODERA教育長が、別室から出てきて”コピーをとりたい。”と、言う。
TAKAHASHIさんが、”私がとります。”と言うと
”いや、わしがとる。”という。
事務所のみんなの腰がうく。
<コピーとりもした事がないのか。>
教育長が、”どうやってとるの。”と K にきく。
民間ではあたりまえのことも、役所では全く違うらしい。
教育長はまるで、殿様扱いだ。
K の歓迎会をしてくれることになった。
<たった6カ月だから、そんなことはしてもらわなくてもいいのに。>
当日、仕事の後で指定された店へ行く。
教育委員会だけだと思っていたら、隣の体育館に入っている
社会教育課の人たちも来ている。
J にも声をかけたそうだが、来ていない。
だれかが電話したとみえて、遅れて入ってきた。
J は、なぜか社会教育課の人たちのほうに、座っている。
<彼らと知り合いなのか?>
食事が終わって、K は挨拶するように言われる。
簡単にすますことにする。
”6カ月間ですが、ご迷惑をかけないよう頑張りますのでよろしくお願いします。”
と挨拶する。
今日は主賓なので、最後まで付き合わなければならないだろう。
2次会へ行く。
少しほぐれてきたようで、K に本音を言いだした。
TADA 課長とSHINOMIYA係長が、”大変だったよな。”という。
SHINOMIYA係長は、”英語ができる人が来てくれてよかった。”と、言う。
”必死だったよ。空港へ迎えに行って、紙に名前を書いたのを持って
でてくるのを待ていた。”と言った。
J とのやりとりを見てきた K には、想像がつく。
K は、”大変でしたね。”と答える。
わいわいとあちこちで話がもりあがり、カラオケで歌い出した。
教育長もデュエット曲を選んで、歌っている。
歌い終わって、K の横に座った教育長が
”私には、選ぶ権利がなかった。”と、K に言う。
顔は、笑っていない。
<えっ!どういう意味だろう。随分失礼な事を言う人だ。>
教育長なら別の人を選ぶという事になる。
<誰が選んだのだろう、何か妙だ。>
3次会へ行く。
J も来ている。
この店はカウンター席だ。
教育長や課長連中は帰って、少人数になった。
社会教育課に同級生がいた。
K は、この町に良い思い出はない。
K が小学生の時、仲のいい友達がいた。
TOMOKOちゃんとは、いつも一緒に遊んでいた。
どういうわけか、K が彼女を、もらいっ子だと言ったということにされた。
町の大人が騒ぎを大きくした。
K に確認してくれれば、ハッキリ否定できただろう。
誰も事実を確認しようとしなかった。
K の同級生には、小学校の校長の娘もいた。
K は学年で一番の成績で、校長の娘より成績が良かった。
TERASAWA 校長は、朝礼で
”心や体に傷をつけないようにしましょう。”と言った。
K は、K に向けた嫌味だと感じた。
<どうして 誰も確認しないのだろう?>
K は、家族がいると思って生きてきていない。
すべて、自分で決めて、自分でやってきた。
いくら困っても、家族を思い出した事はない。
K が成人して親戚の結婚式で、TERASAWA校長とあった。
K のテーブルに来て、向こう端で叔父に”できたよねー。”と言って、
K の方をみていた。
<あいつか。>
K は、挨拶はしない。
無視して食べ続けていると、叔父は”うん、こんな兄だけど。”と
隣に座っていた K の父親にむきつけて言ったのには、驚いた。
隣に座った同級生は、”あんたを、はめてやるって言っていた。”と言って
仕組んだやつの名前を言った。
<なるほどね。>
K は、何十年も刺さっていた棘が、抜けたように感じた。
<やっかみか。>
K は、”こんな小さい小学生が、大人を相手にしてたんだよ。
周りを気にする余裕なんてあるはずないでしょ。”と、言う。
この町の大人が、どれほど騒いでいたかを知っている同級生は
”うん。”とだけ言って、うなずいた。
同級生が、踊り出した。
妙な踊り方に、”やめなさい。”と言われている。
J は一緒になって、楽しそうに踊っている。
帰り道、K は”この町、人悪いよねー。”と言った人物の言葉を思い出した。
<TERASAWA と、今は給食のおばさんのあの女か。
それにしても、誰が自分を選んだのだろう。>
********************* つ づ く
仕事は、中学校の英語指導助手というものらしい。
今は全国の中学校に、助手がきているという。
K が中学生の時には、なかった制度だ。
<英語教師の補助? 英語教師は何をやっているのだろう。>
K はここに採用になる前に、公民館でおこなわれる大人の英会話教室に
申し込みをしてあった。
週に一度、夜の講座だ。
J は、この講座の先生もやるらしい。
SHINOMIYA 係長が、講座の教材の心配をしている。
いつものように、身振り手振りで J とやりとりしている。
J は、自分で用意するから必要ないと言っている。
しばらくは口出ししないで聞いていた K だが、全く伝わっていないので
”自分で用意するから必要ないって言ってます。”と、
SHINOMIYA係長に伝える。
<これで、よく仕事になっていたものだ。>
K は、自分が講座の申し込みをしてあることを、J に言う。
J は、” You are my student.”と、ちょっと偉そうに答える。
この事務所の人たちは、出張のたびにみんなお土産を買ってくる。
もらいものも含め K は、 J にも全部分けることに決めた。
机の上に置いてあるお菓子をみて、”これ、誰がくれたの?”と、聞く。
<きちんとしているな。>
J の机の上にだけは、いつもお菓子がのっているようになった。
給食センターのセンター長が、事務所に入ってくる。
週に何度も顔を出す。
K は、この人にも必ずコーヒーをだしてあげている。
”これ。”と言って、紙を数枚わたされる。
給食費と書いてある。
J が学校で食べている、昼食代らしい。
何カ月分もある。
<英語ができないから、自分でわたせなかったのだろうか?>
J なら、”これは何ですか?”と、聞くだろう。
説明できないので、今まで請求していなかった事になる。
<随分、いい加減だな。>
K を通訳として使うつもりらしい。
J 宛てにFAX がきた。
K は使い古しの封筒に入れて、J の机の上においておく。
K ができるプライバシーの尊重のしかただ。
電話も多い。
K がでて、担当者にまわす。
電話が鳴ったので受話器をとると、”Ja~ck?"と、若い男性の声で言う。
たどたどしい英語の感じだ。
K はとっさに、”Not here."と、答えていた。
<まずい、きちんと受け答えしなければ。>
事務所のDOI 指導主事が、”Jack ですか?”と言う。
”あの答えじゃ、まずいですよね。”と、言うと
”とっさに、でてくるだけいいですよ。”と、言う。
K は、予想される電話での受け答えを文章にしておくことにする。
J にチェックしてもらうことにする。
日本語がまったくできない J の強みは、英語だ。
ストレス解消にもなるだろう。
J が来た。
授業のない日は、教育委員会に来ることになっているらしい。
机の上の封筒をあけて、中のFAXを見ている。
不思議そうに、封筒の裏表を見ている。
今までは、そのまま置いてあったのだろう。
<注意深い性格だな。>
K は、頼まれていた昼食代の請求書を、”Invoice."と言って、わたす。
”何の請求書?”と聞いてくる。
<やっぱりね。>
”ランチ、学校でたべてるでしょ。”と言うと、”O.K."と答える。
<偉そうに。>
事務所に来ているときには、彼には特に仕事はない。
暇を持て余すだろう。
K は、作っておいた電話応対の紙をみせて、”Please,check."と言う。
K は、一つ笑える文章を入れておいた。
"He is sick in bed."
J が、声をたてて笑っている。
”Perfect?"と聞くと、”O.K."だそうだ。
K は、J に毎週質問の文章を用意しておくことに決めた。
ぷっと笑える文章を、一つは入れておくことにする。
来客や、電話応対、伝票書きと暇は全くないが、仕事でトラブルはない。
SHINOMIYA係長が、ニコニコしながら
”教育長、履歴書見て若いなあって行ってたよ。”と言う。
K は、年齢よりはるかに若く見えるらしい。
そろそろ今年度の予算残を気にしながら、予算作りをしているらしい。
TADA 課長が、”辞めちゃったからさー。”と残念そうに言っている。
前任者の事らしい。
<辞めるはずのない人が辞めた?何かひっかかる。>
ONODERA教育長が、別室から出てきて”コピーをとりたい。”と、言う。
TAKAHASHIさんが、”私がとります。”と言うと
”いや、わしがとる。”という。
事務所のみんなの腰がうく。
<コピーとりもした事がないのか。>
教育長が、”どうやってとるの。”と K にきく。
民間ではあたりまえのことも、役所では全く違うらしい。
教育長はまるで、殿様扱いだ。
K の歓迎会をしてくれることになった。
<たった6カ月だから、そんなことはしてもらわなくてもいいのに。>
当日、仕事の後で指定された店へ行く。
教育委員会だけだと思っていたら、隣の体育館に入っている
社会教育課の人たちも来ている。
J にも声をかけたそうだが、来ていない。
だれかが電話したとみえて、遅れて入ってきた。
J は、なぜか社会教育課の人たちのほうに、座っている。
<彼らと知り合いなのか?>
食事が終わって、K は挨拶するように言われる。
簡単にすますことにする。
”6カ月間ですが、ご迷惑をかけないよう頑張りますのでよろしくお願いします。”
と挨拶する。
今日は主賓なので、最後まで付き合わなければならないだろう。
2次会へ行く。
少しほぐれてきたようで、K に本音を言いだした。
TADA 課長とSHINOMIYA係長が、”大変だったよな。”という。
SHINOMIYA係長は、”英語ができる人が来てくれてよかった。”と、言う。
”必死だったよ。空港へ迎えに行って、紙に名前を書いたのを持って
でてくるのを待ていた。”と言った。
J とのやりとりを見てきた K には、想像がつく。
K は、”大変でしたね。”と答える。
わいわいとあちこちで話がもりあがり、カラオケで歌い出した。
教育長もデュエット曲を選んで、歌っている。
歌い終わって、K の横に座った教育長が
”私には、選ぶ権利がなかった。”と、K に言う。
顔は、笑っていない。
<えっ!どういう意味だろう。随分失礼な事を言う人だ。>
教育長なら別の人を選ぶという事になる。
<誰が選んだのだろう、何か妙だ。>
3次会へ行く。
J も来ている。
この店はカウンター席だ。
教育長や課長連中は帰って、少人数になった。
社会教育課に同級生がいた。
K は、この町に良い思い出はない。
K が小学生の時、仲のいい友達がいた。
TOMOKOちゃんとは、いつも一緒に遊んでいた。
どういうわけか、K が彼女を、もらいっ子だと言ったということにされた。
町の大人が騒ぎを大きくした。
K に確認してくれれば、ハッキリ否定できただろう。
誰も事実を確認しようとしなかった。
K の同級生には、小学校の校長の娘もいた。
K は学年で一番の成績で、校長の娘より成績が良かった。
TERASAWA 校長は、朝礼で
”心や体に傷をつけないようにしましょう。”と言った。
K は、K に向けた嫌味だと感じた。
<どうして 誰も確認しないのだろう?>
K は、家族がいると思って生きてきていない。
すべて、自分で決めて、自分でやってきた。
いくら困っても、家族を思い出した事はない。
K が成人して親戚の結婚式で、TERASAWA校長とあった。
K のテーブルに来て、向こう端で叔父に”できたよねー。”と言って、
K の方をみていた。
<あいつか。>
K は、挨拶はしない。
無視して食べ続けていると、叔父は”うん、こんな兄だけど。”と
隣に座っていた K の父親にむきつけて言ったのには、驚いた。
隣に座った同級生は、”あんたを、はめてやるって言っていた。”と言って
仕組んだやつの名前を言った。
<なるほどね。>
K は、何十年も刺さっていた棘が、抜けたように感じた。
<やっかみか。>
K は、”こんな小さい小学生が、大人を相手にしてたんだよ。
周りを気にする余裕なんてあるはずないでしょ。”と、言う。
この町の大人が、どれほど騒いでいたかを知っている同級生は
”うん。”とだけ言って、うなずいた。
同級生が、踊り出した。
妙な踊り方に、”やめなさい。”と言われている。
J は一緒になって、楽しそうに踊っている。
帰り道、K は”この町、人悪いよねー。”と言った人物の言葉を思い出した。
<TERASAWA と、今は給食のおばさんのあの女か。
それにしても、誰が自分を選んだのだろう。>
********************* つ づ く
2012-05-31 20:14